第1 特任宮司任命の違法性

1 総論
神社本庁が厚見益樹(以下「厚見」という。)を氣多神社の宮司に任命した行為(以下「本件特任行為」という。)は,三井に対する本件懲戒免職処分が無効であれば当然のこと,仮に,三井に対する本件懲戒免職処分が有効であるとしても,以下に主張するとおり,適法な手続を履践してなされた任命行為ではないから,無効である。
2 特任宮司任命の手続
(1)厚見は,氣多神社規則20条,21条において定められた責任役員の具申を経ず,また,神社本庁庁規90条3項に定める責任役員の同意を得ることもないまま,神社本庁の独断で宮司に任命された。このように責任役員の意思を一切問うことなく神社本庁の独断で宮司を任命する方法は,庁規90条2項に定める特任宮司選任の方法以外に存在しないから,厚見は,庁規90条2項の定めによって「特任」されたものである。
神社本庁庁規90条2項による宮司特任の規定は,氣多神社の代表役員の任免,及び,責任役員の職務権限につき,氣多神社を制約するものであるから,宗教法人法12条1項12項によって氣多神社に適用されるべきものではないが,仮に,これを適用したとしても,以下のとおり,本件においては,神社本庁による宮司の「特任」を容認すべき事情は存在せず,いずれにせよ,厚見が氣多神社宮司に「特任」される余地はない。
(2)庁規90条2項は,特任宮司選任の手続を,「特別の事由に因り,宮司または宮司代務者の任命手続ができないため,神社の存立上重大な支障があると認められるときは,統理は…宮司を特任することができる。」と定めている。更に,神社本庁は,「役職員進退に関する規程」(以下「役職員規程」という。甲62)において,庁規90条の具体的運用につき以下のとおり定めている。
第15条  神社に於て宮司が欠けたときは,当該神社の役員は,30日以内に宮司候補者の履歴書,階位証明書その他必要書類を添えて,神社庁長を経由し統理に具申しなければならない。但し,現にその管内に在職する者については,履歴書及び階位証明書を省くことが出来る。
前項の具申書には,給与すべき俸給額を記載することを要する。
第16条  前条により具申した候補者が適当でないと認めるときは,統理は,更に候補者の具申を求めることが出来る。前項の場合当該神社の役員は,第15条の例によって更めて具申しなければならない。
第17条  宮司が欠けたとき,当該神社の役員が正当の事由なく候補者の具申をしないときは,統理は,具申によらずして任命することが出来る。但し,この場合は役員の同意を得るものとする。
第17条の2 宮司又は宮司代務者となる者がないため,神社の存立上重大な支障があると認められるとき,又は,責任役員が欠けたため所定の手続きが出来ないときは,統理は前三条の定めにかかはらず宮司を特任する。(神社本庁庁規第90条の任命手続きの解説)
これらの規定によれば,神社本庁包括下の神社において宮司が欠けた場合,原則として,神社本庁は,役職員規程15,16条により,当該神社の責任役員による候補者の具申に従って後任宮司を任命することとなる。例外的に,当該神社の責任役員が正当の事由無く候補者の具申をしない場合には,神社本庁統理は,責任役員による具申を経ずに宮司を任命することが許されることになるが,その場合であっても,責任役員が存在する場合には,責任役員の同意を得なければならない(役職員規程17条,庁規90条3項)。
これらの手続によっても後任宮司を任命することができない場合に,初めて,神社本庁は,庁規90条2項及び役職員規程17条の2によって,独断で宮司を選任することができるとされている。
すなわち,庁規90条2項及び役職員規程17条の2が定める「特別の事由に因り,宮司または宮司代務者の任命手続ができないため,神社の存立上重大な支障があると認められるとき」(庁規90条2項), 「宮司又は宮司代務者となる者がないため,神社の存立上重大な支障があると認められるとき」(役職員規程17条の2),「責任役員が欠けたため宮司又は宮司代務者の任命手続ができないこと」(役職員規程17条の2)といった要件は,いずれも,責任役員によって後任宮司の具申がなされないことを前提とし,その上で,後任宮司が任命されないことによって「神社の存立上重大な支障があると認められる」という状況が存することを必要とする趣旨なのであって,被包括神社に責任役員が存在し,後任宮司を具申することが期待できる状況においては,神社本庁が宮司を「特任」しうると解する余地は存在しないのである。
(3)この点,神社本庁編「新編 神社実務提要」にも,「特任」の制度趣旨につき,以下のように記載されている。
宮司が欠けたときは,三十日以内に後任の宮司若しくは宮司代務者の任命について具申しなければならない。それにも拘わらず,特殊な事情のために長期に亘り後任者の具申をせず,又統理が示す候補者についても同意をしないとき,又は責任役員の意見によって所定の具申ができない事情があるときは,統理は神社の責任役員の意向に拘わらず,三年の任期を付した宮司を特任することがある。宮司又は宮司代務者は何れも法人の代表者となるのであるが,宗教法人に代表者を欠くこと一年以上に亘ると法人法第八十一条の規定によって,その法人に解散を命ずる事となり,又代表者即ち総管者を欠く神社はとかく弊害が生じ易いので,それらの重大支障を防止する目的で,この特任の制度があるのである。
このように,神社本庁自身の見解によっても,責任役員による具申又は同意を得ることが可能な状況においてまで,神社本庁が特任宮司を任命しうると解する余地はないのである。
3 厚見の宮司特任が無効であること
(1)三井に対する懲戒免職処分が発令された平成18年8月29日の時点において,氣多神社には,笹川らを含む責任役員12名が在任しており,その旨は神社本庁にも届け出られていた(甲38)。
したがって,氣多神社においては,庁規90条2項及び役職員規程17条の2に規定する「責任役員が欠けたために宮司又は宮司代務者の任命手続ができない」という状況は存在しなかったのである。
このことだけでも,神社本庁が氣多神社の宮司を特任するための要件を欠いているといえるが,本件においては,「神社の存立上重大な支障がある」と認めるべき事情も存在しない。
(2)そして,厚見は,三井が懲戒免職されるとほぼ同時に,後任宮司に任命されており(平成18年8月30日就任),神社本庁から笹川らを含む氣多神社責任役員らに対しては何らの連絡もなされなかったのであるから,厚見の任命に際して役職員規程15条ないし17条に定める「責任役員の具申」又は「責任役員の同意」という手続が履践されていないことも明らかである。
(3)よって,仮に,三井に対する本件懲戒免職処分が有効であったとしても,後任の宮司任命にあたり,庁規90条2項及び役職員規程を適用しうる余地はなく,厚見に対する宮司任命は,氣多神社規則20条及び21条に違反し,無効である。
4 平成16年12月22日の総代会決議の効力との関係
平成16年総代会における責任役員の選考が有効であることは明らかであるが,仮に平成16年総代会における責任役員の選考決議が無効であったとしても,笹川及び鴫嶋については,平成18年8月29日の時点においても氣多神社の責任役員であったことは争いのない事実である。
それにも拘わらず,神社本庁は,厚見を氣多神社宮司に任命するにあたり,笹川及び鴫嶋の何れに対しても,何らの連絡をしておらず,同意を求めてもいない。
神社本庁が,被包括神社の宮司を「特任」するためには,責任役員の具申又は同意を得られないことが必要なのであるから,神社本庁は,当該神社の責任役員であると考えられる者に対して宮司を具申するよう促し,具申がない場合には自ら宮司候補者を立てて責任役員の同意を求めた上でなければ,宮司を「特任」することは許されないというべきである。
さらに,氣多神社規則によれば,責任役員は「総代会で選考し,代表役員が委嘱する。」(10条)と定められており,神社本庁は氣多神社からの報告(12条)を受けるほか,責任役員の進退に関与する権限を有していない。言い換えれば,神社本庁は,そもそも,氣多神社の責任役員の地位の存否につき,法律上の利害関係を有しないのである。
氣多神社は独立した宗教法人であり,神社本庁との包括関係は氣多神社規則によって創設された関係にすぎないから,神社本庁の氣多神社の職員に対する支配権には,当然,氣多神社規則に定める限界がある。責任役員の選考は,まさに神社本庁の人事権が及ばない氣多神社の内部問題であるから,仮に,その手続に疑義があるとしても,氣多神社から責任役員の進退に関する報告を受けた以上,神社本庁が氣多神社の責任役員の地位が存在しないと判断することは許されないのである。
したがって,神社本庁は,氣多神社規則12条によって氣多神社から責任役員の進退に関する報告が為された場合,報告された人事を有効なものとして取り扱うほかなく,仮に,報告された責任役員の進退に関し,その選考手続上の瑕疵が疑われたとしても,それは,独立した法人である氣多神社の内部問題であり,氣多神社の自律的解決に委ねざるを得ないのである。
よって,本件においても,神社本庁は,報告された者を氣多神社の責任役員と取り扱わなければならず,平成16年総代会における責任役員選考決議が無効又は不存在であると主張して,氣多神社の責任役員が存在しないものとして後任宮司を「特任」することは許されない。
したがって,平成16年総代会における責任役員選考決議の効力如何に拘わらず,神社本庁が厚見を氣多神社宮司に任命(特任)した本件特任行為は無効である。

第2 平成16年総代会決議の効力について

神社本庁が,平成16年総代会決議の問題点として指摘するのは,以下の各点である。
① 総代会を委任状出席により開催したこと。
② 総代会の開催案内に何名の責任役員をいかなる理由・必要から選考するのかに関する記載がなく,責任役員候補者の記載もないこと。
③ 三井に批判的な総代に対し,平成8年当時の総代を招集して総代会を開催するのか等を説明した形跡がないこと。
しかし,以下に述べるとおり,上記①~③はいずれも平成16年総代会における責任役員選考決議の効力を否定するものではない。
(1)①について
ア 法令上も規則上も,総代が委任状により議決権を行使することを禁止する根拠は全く存せず,「総代の権限行使は委任に親しまない」というのは,神社本庁の独自の見解である。
イ 総代会を開催するにあたり,欠席総代が委任状を提出して代理人を選任することを認めることは,できる限り,欠席総代の意見をも氣多神社の運営に反映させようと務める行為であり,氣多神社の慣例上も認められてきた方法である(このことは,現に,平成16年総代会の出席者中で賛成票を投じなかった7名のうち,今崎総代,松田総代,中村総代の3名はそれぞれ他の総代(4名分)の委任状を持参して会議に臨んでいたことからも明らかである)。一般に,総代の中には,高齢,病気,その他の理由により,総代会に出席したくてもできない者もおり,それらの者を常に欠席として扱うのではなく,委任により意見表明の機会を与えることは,実質的観点からも何ら不当なことではない。
ウ この点,「(増補五版)宗教法人の実務問答集」(第一書房)第97頁によれば,行政実例は,宗教法人の責任役員会における責任役員の議決権について,「規則で禁止しない限り,委任状は差し支えない。ただし,代理権の立証を要する。」「代理出席者については,代理権の立証が必要であり,またこの場合は,既に通知した議題のみについて代理権を有し,その会議で追加提出された議題については代理権は勿論ない,又代理権はこの場合その日限りである。」との解釈を採用している。 また,「最新・逐条解説・宗教法人法」(ぎょうせい)第177頁においても,責任役員会への代理出席に関し,「代理の出席については,代理権の証が必要となり,既に通知した議題について認められることになる。」として,予め通知された議題の範囲で,責任役員が委任状により権限を行使しうることを当然の前提としている。
宗教法人の意思決定機関の構成員として高度の人格識見が要求される責任役員の場合ですら,通知された議題の範囲内という限定つきではあれ,代理人による議決権行使が正面から認められているのである。これとの対比で考えても,総代会について,委任状による議決権行使を禁止する理由は見あたらない。
エ よって,神社本庁の指摘する①によって,平成16年総代会における責任役員選考決議の効力が否定される理由はない。 (2)②について
ア 平成16年総代会の開催にあたっては,「責任役員の選考」が議題として予め通知されている。各総代はそれを前提として総代会での議決権行使を代理人に委任したのであるから,当該議題について代理人が議決権を行使することを違法と評価すべき理由はない。
イ この点,神社本庁は,何名の責任役員をいかなる理由・必要から選考するのか,及び,責任役員候補者の氏名等を招集通知に記載すべきであったと主張するようであるが,総代が自らの意思で議決権行使を代理人に委任しうるためには,神社本庁が主張するような背景事情を含めた詳細な事実関係まで招集通知に記載する必要はなく,当該総代が議決権行使を代理人に委任することの是非を判断しうる程度の情報が与えられていれば十分である。
そして,平成16年総代会の招集通知には「氣多神社責任役員選考の件」と記載されており,議決権行使を代理人に委ねることを是としない総代は,当然,委任状の提出を拒否することができたと認められる。
ウ したがって,神社本庁の主張する②の事実は,平成16年総代会における決議の効力を否定する理由にはなりえない。
(3)③について
神社本庁の主張する「三井に批判的な総代」とは,平成16年総代会において責任役員の選考に反対若しくは棄権した総代を意味するものと思われるが,平成16年総代会決議の有効性を議論する上で問題となるのは,同総代会において責任役員の選考に賛成したとみなされる総代が提出した委任状の効力のはずであるから,③は,平成16年総代会における責任役員選考決議の効力に影響を与える事実ではない。
3 以上により,平成16年総代会において委任状に基づく議決権行使がなされたことによって責任役員選考決議の効力を否定する理由はない。

第3 違法かつ拙速な宮司特任行為と宗教法人法78条違反

1 神社本庁による本件宮司特任行為の効力をさておいても,神社本庁が,三井を懲戒免職とした後,笹川や鴫嶋といった責任役員に何ら連絡することもなく,直ちに厚見を後任宮司に特任したことは,それ自体,三井に対する懲戒免職処分が氣多神社の離脱を阻止する目的でなされたものであることを裏付けているというべきである。
2 確かに,神社本庁が平成16年総代会における役員選考決議が無効であると考えていたのであれば,神社本庁にとっては,本件懲戒免職がなされた平成18年8月末ころの時点では,氣多神社責任役員は定数を欠いていたということになるかもしれない。しかし,責任役員の「具申」や「同意」を法的に有効な形で得ることができず,庁規90条2項によって宮司を特任する以外に方法がない場合であったとしても,責任役員または責任役員とおぼしき者が存在する場合には,包括団体は,後の紛争の拡大をさけるため,一応,これらの者の意見の取り纏めを試みるのが通常である。実際,神社本庁の歴史上も,本件以外に,責任役員の存在を完全に無視して宮司を特任した事案は見受けられない。
ところが,本件においては,笹川及び鴫嶋のように,平成16年総代会決議の効力とは無関係に,氣多神社の責任役員であると認められる者が存在していたにも拘わらず,神社本庁は,これらの者に何らの連絡をすることのないまま,秘密裏に準備を進め,三井の免職とほぼ同時に,厚見を宮司に特任してしまったのである。
そして,平成18年8月30日,神社本庁に特任された厚見は,同日中に氣多神社宮司への就任登記を完了すると,氣多神社の責任役員に何らの連絡をすることもなく,神社本庁職員を含む十数人の関係者を引き連れて氣多神社を訪れ,社務所の鍵の破壊や参集殿の不法占拠といった違法行為に及び,実力によって,三井を氣多神社から排除しようとしたのである。
3 このように,神社本庁が,笹川や鴫嶋といった責任役員らの存在を完全に無視してまで,厚見を氣多神社宮司に特任し,鍵の破壊や不法占拠といった違法行為によって氣多神社の事実上の支配権を奪取しようとした事実は,本件において極めて重要である。
三井の後任宮司を任命するにあたり,神社本庁が笹川や鴫嶋に相談しなかったのは,これらの責任役員の意向を反映した後任宮司が任命されてしまっては,三井を免職した神社本庁の目的を達成することができなかったからであると考えられるし,違法行為によって氣多神社を支配しようとした事実は,神社本庁が,法的手続によらずに神社の支配権を奪取する必要に迫られていたことを推認させるものである。
すなわち,氣多神社の神社本庁包括下からの離脱を決定した議決に参加していた笹川及び鴫嶋の同意を得られる人物を後任宮司に据えてしまっては,結局,氣多神社の神社本庁包括下からの離脱を阻止できないため,神社本庁は笹川及び鴫嶋を無視して宮司を特任せざるを得なかったものであり,また,このように離脱を阻止する目的でなした懲戒免職処分が違法無効であることは,神社本庁自身も重々承知していたため,厚見は法的手続によって神社の明渡しを求めることができなかったのである(厚見が,氣多神社社務所の明渡等を求める申立を行ったのは,三井が地位保全の仮処分を申し立て,法的手続による解決が避けられなくなった後である。)。
このように,責任役員の意見を無視した宮司特任行為から厚見及び神社本庁職員による氣多神社社務所の鍵の破壊,参集殿の不法占拠といった一連の違法行為は,三井を免職とした神社本庁の真の目的が氣多神社の離脱を阻止することにあったことを如実に現しているといえる。

以  上