第1 宗教法人法12条1項12号(相互規定)

(1)総論
宗教法人法上,包括宗教団体は,被包括宗教法人に対する人事権や懲戒権を当然に有するものとは解されていない。これを明らかにしたのが,宗教法人法12条1項12号である。
同号は,「第5号から前号までに掲げる事項について,他の宗教団体を制約し,又は他の宗教団体によって制約される事項を定めた場合には,その事項」を規則に記載しなければならないと定めている。
この規定は,包括宗教団体の規則中に,被包括宗教法人を制約する旨の規則があっても,被包括宗教法人の規則中に,これに対応する規定がない限り,被包括宗教法人はその制約を受けない旨を規定したものであり,一般に「相互規定」と呼ばれるものである。この相互規定は具体的なものであることを要し,一般白紙委任条項はこれに該当しないと解されている。何故なら,一般白紙委任条項も右規定に該当するとすれば,包括宗教団体が一方的に行う規則の変更によって,被包括宗教法人の規則の内容がこれに従って変動することになり,被包括宗教法人の意思決定の自由を事実上奪い,ひいては,被包括宗教法人の信教の自由を奪う結果となるからである(名古屋地裁平成5年1月8日決定,平成4年(ヨ)第784号)。

法が,このような相互規定を要求したのは,まさに,被包括関係の設定が,契約の一種であり,包括団体の権限は個別の契約ごとに決せられなければならないからにほかならない。
そして,神社本庁は,懲戒規程に基づいて三井を懲戒免職処分とし,また,庁規90条2項に基づいて厚見を氣多神社宮司に任命したと主張するものであるが,以下のとおり,宗教法人法12条1項12号によれば,これらの規定は氣多神社に適用される余地がないから,本件懲戒免職処分は無効である(厚見を氣多神社の宮司に特任した処分についても同様である。)。

(2)「宮司の任免」に関する制約
ア 宗教法人法12条1項12号及び同6号は,宗教法人に「議決,諮問,監査その他の機関がある場合」には,「その機関に関する事項」を規則に記載せねばならず,これについて「他の宗教団体を制約し,又は他の宗教団体によつて制約される事項を定めた場合」には,「その事項」を規則に記載しなければならないことを定めている。
神社における「宮司」は宗教上の主宰者であるのみならず,法人の機関としての側面を有しているから,包括宗教団体たる神社本庁が,「宮司」の任免に関する事項を制約するためには,被包括宗教法人の規則にもこれに対応する規定が存在しなければならない。
イ この点,神社本庁は,「宮司は宗教上の地位であり,宮司に対する懲戒免職は宮司という宗教上の地位の剥奪であって,結果,代表役員の地位をも喪失することがあっても,それも『宗教』法人における地位である。」と主張する。(宗教法人の代表役員たる地位の有無が法律上の争訟に該当し,司法審査の対象になることは先例にいとまがなく,この点についての神社本庁の主張は明らかに失当である。)。
「宮司」という地位に宗教的側面があること自体は争わないが,一方で,氣多神社における「宮司」は,宗教法人規則で設置された法人の機関としての側面も有していると解すべきである。
ウ 氣多神社規則には,宮司について,以下の規定が存在する。

第 9 条 代表役員は,本神社の宮司をもって充てる。
第14条 本神社に総代若干人を置く。
総代の定数は,宮司が定める。
第15条 総代は,総代会を組織し,本神社の運営について,役員を助け,宮司に協力する。
総代会は,宮司が招集する。
第17条 本神社に左の職員を置く。
宮 司  一人
禰 宜  一人
権禰宜  若干人
権禰宜の定数は,宮司が定める。
第18条 宮司は神明に奉仕し社務をつかさどる。
祢宜は宮司を助けて神明に奉仕し事務に従事する。
権禰宜は上長の指導を受けて神明に奉仕し事務に従事する。
第20条 宮司の進退は責任役員の具申により統理が行ふ。
宮司代務者の進退は責任役員の同意を得て宮司の具申により統理が行ふ。但し,宗教法人法第20条第1項第1号に該当するときは責任役員の具申により統理が行ふ。
禰宜以下の進退は,宮司の具申により統理が行う。
第35条 本神社が左に掲げる行為をしようとするときは,役員会の議決を経て,役員が連署の上統理の承認を受け,更に法律で規定するものについては,法律で規定する手続きをしなければならない。
1 規則を変更すること。
2 神社を移転,合併又は解散すること。
3 境内神社を創立,移転,合併又は廃祀すること。
4 前3号の外,宮司が必要を認めたこと。
氣多神社規則第20条1項は,「代表役員は,本神社の宮司をもって充てる。」という同規則9条を受け,宮司の任免は代表役員の任免と不可分一体であるとの前提に立って,「宮司の進退は責任役員の具申により統理が行ふ。」と定めている。仮に,「宮司」が純粋な宗教上の地位なのであれば,その進退に法人の意思決定機関であり,宗教的事務を行わない責任役員(規則8条 責任役員は,役員会を組織し,宗教上の機能に関する事項を除く外,本神社の維持運営に関する事務を決定する。)が関与することはないはずである。氣多神社規則20条1項は,明らかに,宮司の任免には代表役員の任免としての側面があることを前提としているのである(この点,寺院の「住職」の地位は宗教上の地位であるとした裁判例も存在するが,寺院規則においては,「住職」の選任に被包括寺院の責任役員が関与する形態は一般的ではなく,神社の「宮司」とは規則上の性質が異なっている。)。
したがって,氣多神社における「宮司」は「代表役員」と不可分一体の地位にあり,「宮司の進退」に関して氣多神社を制約する神社本庁庁規・規程は,すなわち「代表役員の任免」に関して氣多神社を制約するものであるから,氣多神社規則に相互規程が存在しない限り,これらの規定が氣多神社に適用されることはないのでる。
エ また,上記の規則に照らせば,氣多神社における「宮司」の地位は,仮に「代表役員」の地位と区別して考えても,以下のような「宮司」の任免方法及び権限に照らせば,単なる宗教上の地位にとどまらず,法人の機関としての地位及び権限を有していると解すほかない。
(ア)「宮司」は,宗教的事務を行わない責任役員の具申に基づいて任免される(規則第20条1項,同8条2項)。
(イ)「宮司」は総代会を招集し(規則第15条2項),その構成員である総代の定数を決定する(規則第14条2項)。
氣多神社における総代会及び総代が法人の機関であることについては,名古屋高等裁判所金沢支部平成16年10月13日判決が存在する。同判決においては,総代会及び総代は,単に宗教上の地位・権限を有するのみならず,法人の機関及びその構成員たる地位を有していると認定されている。
このような法人の機関の定数を定める権限や招集権が,規則によって「宮司」に付与されているのであるから,「宮司」も,規則によって法人たる氣多神社に設置された機関であると解すべきである。
(ウ)「宮司」は,禰宜及び権禰宜という法人の職員の任免を具申する(規則第20条2項)。
禰宜及び権禰宜は,以下に引用するとおり,神社という宗教団体の職員であり,宗教法人に雇用される者である。そして,法人の職員の任免に関与する権限を与えられた「宮司」は,法人の機関と解すべきである。

「宮司は,職員の長として神社の宗教団体としての活動を総管し,宮司以外の職員は上級職員の指揮を受け,宮司と共に奉務神社を根拠として神社神道に基く宗教活動を行うことを任務の第一義とする。又宮司は即ち宗教法人の代表役員であり,宮司以外の神職は兼ねてその法人の職員である。従って宮司は法人運営の執行権者としての任務,他の神職は法人の事務に従事するという任務を第二義とする。ここに第一義又第二義と区別するのは,事の軽量または前後を指すのではなくて,楯の各半面を指す謂に外ならない。即ち神職たる者の任務は神前の奉仕のみをもって事足るとしないことを表現したのである。神職が広汎な知識を備えなければならない理由のひとつはここにある。」 (新編神社実務提要)。
以上のとおり,「宮司」は,氣多神社規則において法人のなすべき様々な権限を与えられた地位であるから,宗教法人法12条1項6号にいう「議決,諮問,監査その他の機関」に該当するものである。
したがって,「宮司」の任免について氣多神社を制約する規定は,「議決,諮問,監査その他の機関」に関する事項を定めた規定であるから,宗教法人法12条1項12号により,氣多神社規則に同様に規定が存在しない限り,氣多神社に適用されることはない。

(3)「責任役員の職務権限」の制約
また,責任役員の職務権限は宗教法人法12条1項5号に該当する規則記載事項であるから,本件において,神社本庁が,氣多神社の責任役員の「職務権限」を制約する定めを置いたとしても,その効果を氣多神社に及ぼすには,氣多神社規則中に同様の規定が存在しなければならない。

(4)相互規定の不存在
宗教法人法,氣多神社規則,神社本庁庁規における代表役員の任免に関する規定,宮司の任免に関する規定及び責任役員の職務権限に関する規定等をを比較すると,代表役員の任免に関する庁規(庁規90条1項本文を除く。)や懲戒処分に関する庁規及び懲戒規程は,相互規定を欠くため,氣多神社には適用されないことになる。
具体的には,以下のとおりである。
ア 宗教法人法は,「代表役員は,規則に別段の定がなければ,責任役員の互選によって定める。」(法18条2項)として,原則として代表役員の選任(解任も表裏をなすものであるから,同様と考えられる。)は,責任役員の職務権限であることを定めているが,これに対し,神社本庁は,その包括下の神社の代表役員につき「宮司をもって代表役員とし,宮司代務者をもって代表役員の代務者とする。」(庁規78条)と定めると同時に宮司の選任・解任につき庁規90条,庁規40条,庁規42条の2及び懲戒規程等によって以下のように定め,代表役員の任免,宮司の任免及び責任役員の職務権限につき,包括下の神社を制約しようとする。
庁規第90条  宮司及び宮司代務者の進退は,代表役員以外の役員の具申により,統理が行ふ。但し,統理が必要と認めたときは,代表役員以外の責任役員の同意を得て,進退を行ふことができる。
特別の事情に因り,宮司又は宮司代務者の任命手続ができないため,神社の存立上重大な支障があると認められるときは,統理は,前項の規定にかかはらず,宮司を特任することができる。
由緒ある神社のうち特別の事由によって必要と認められる神社に対しては,統理は,当該神社の責任役員の同意を得て第一項の規定にかかはらず,宮司を特命することができる。
前二項の規定により,特任又は特命された宮司の任期は,それぞれ三年とする。
庁規第40条  本庁に統理一人を置く。
(第2項略)
(第3項略)
統理は,規定を布達し,懲戒を行ひ,及び総裁が欠けた場合において表彰を行ふ。
(第5項略)
庁規第42条の2 表彰委員会は,表彰の事案について,懲戒委員会は,懲戒の事案について,調査,審議し,人事委員会は,統理の諮問に応じて神職に係る任命,転任,免職等に関する事項及びこれに関連する事項について答申する。
懲戒規程第1条 庁規第五条に規定する職員,神職を退いた長老及び名誉宮司で,職務上の義務に違背し,若しくは職務を怠り,又は信用を失う行為がある者については,この規定の定めるところにより懲戒を行ふ。
第2条 懲戒は,懲戒委員会の審査を経て,戒告,免職及び敬称若しくは称号又は階位の取消,その他必要と認められる処分によって行ふ。
第3条 前二条の定により,本庁事務所の職員及び神社庁長の職に在る神職以外の者について,懲戒を行ふときは,当該神社庁長の意見を徴さなければならない。但し,当該神社庁長が懲戒に該当すると認めて具申したものについては,この限りでない。
第4条ないし第6条 (略)
第7条 懲戒委員会が懲戒を議決したときは,理由を付けて統理に報告しなければならない。
イ しかしながら,氣多神社規則には,庁規78条に対応して規則9条が,庁規90条1項本文に対応して規則20条1項が存在するものの,ほかに代表役員若しくは機関としての宮司の任免に関する特段の規程が存在しない。
すなわち,庁規90条1項但書,同2項,同3項,庁規40条,庁規42条の2及び懲戒規程等,代表役員の選任・解任について責任役員の具申を不要とする各規定は,いずれも宗教法人法18条2項が予定している代表役員若しくは機関としての宮司の任免という責任役員の職務権限につき,被包括宗教法人である氣多神社を制約しようとする定めであるが,氣多神社規則にはこれらに対応して責任役員の具申なくして神社本庁の独断で宮司ないし代表役員の地位を喪失せしめることを認める規定が存在しないから,神社本庁の懲戒規程は,少なくとも神社本庁の独断で氣多神社の宮司ないし代表役員を免職しうるという部分については,氣多神社に適用される余地がないのである。
よって,神社本庁懲戒規程に基づく三井に対する本件懲戒処分(及び,神社本庁庁規90条2項に基づく訴外厚見の宮司特任処分)は,法的根拠を欠くものであり,無効である。

(5)上記の主張に対しては,氣多神社規則39条1項が「本神社に関する事項で,規則に定がないものについては,神社本庁の庁規で定めるところによる。」と定めていることを理由として,庁規90条2項及び懲戒規程の氣多神社への適用を認めるべきとの反論が予想されるが,規則39条1項は,明らかに一般白紙委任条項であり,前掲名古屋地裁判決に従い,双方規定に該当しないというべきである。
実質的にも,上述のように,神社本庁は本来的に被包括神社の自治を最大限尊重しなければならない立場にあり,被包括関係の設定は契約行為に過ぎないのであるから,一般白紙委任条項の存在を理由として,神社本庁が被包括神社の宮司兼代表役員の任免という神社自治の中核をなす人事権を一方的に掌握することが容認されるべきでないことは明らかである。

第2 責任役員の具申の不存在

本件においては,氣多神社の責任役員らが本件訴訟を提起していることからも明らかなように,三井に対する懲戒免職処分を求める責任役員の具申は存在しない。
神社本庁には,氣多神社責任役員らの具申なしに,独断で三井を懲戒免職とする権限が認められず,本件においては氣多神社責任役員らの具申が存在しないから,三井に対する本件懲戒免職処分はもとより無効である。

第3 懲戒免職処分の効力の欠如

1 総論
仮に,何らかの理由により,神社本庁の懲戒規程が氣多神社にも適用されうるとしても,被包括神社の宮司に対する免職処分が有効とされるためには,被処分者に懲戒免職とされてもやむを得ない非違行為が存すること,及び,当該処分が適式な手続を履践してなされたものであることが認められなければならない。

2 懲戒理由の不存在
神社本庁は,懲戒理由の存否については,神社本庁が宮司に対する懲戒免職処分は宗教上の懲戒処分であるから,懲戒理由の存否は司法審査の対象となりえないかのように主張しているが,前掲大阪高裁判決は以下のように判示している。
「その処分の結果が単に宗教上の機能面にとどまる場合は格別,その処分が処分を受けるものの市民法上の地位に影響を生ぜしめる場合においては,その処分権限を認める根拠規定が,規則,宗制等に存することが必要であり,宗教上の懲戒処分であるからといつて無制限な行使は許されないものと解する。とくに本件の降階処分の如き,寺院の責任役員,代表役員たる地位を奪うような内容のものについては明文の規定を必要とすること前説示のとおりであり,またこれが宗教上の懲戒処分としてなされたものであつても,司法審査に服することはいうまでもない。
従つて,かりに被控訴宗派ないし管長において懲戒ないしは制裁処分として,被控訴人ら主張の如き降階処分をなしうる権限があつたとしても,控訴人に右処分に値いする事由があつたことの主張,立証がなければならないのはいうまでもない。
本件において,三井に対する宮司職を免ずる旨の懲戒処分が有効だとすれば,氣多神社規則第9条により,三井は直ちに氣多神社代表役員としての地位も喪失するのであるから,三井に懲戒免職処分に値する事由があったか否かは,当然,司法審査との対象となる。
しかし,三井には懲戒免職処分に値する事由は存在しない。
神社本庁による被包括神社の宮司に対する懲戒免職処分は,過去に例がない。上述のように被包括神社の信教の自由及び宗教自治を尊重する見地から,神社本庁は,設立以来長きにわたって,その包括する神社の宮司の進退については,極めて慎重な態度を堅持しており,その包括下にある神社の宮司に犯罪行為やこれに類する非違行為のあった場合ですら,当該神社の責任役員の意向を無視してまで宮司を懲戒免職とすることはなかったのである(この事実については,これまでに行われた保全命令申立事件や別件訴訟の審理においても,神社本庁側から反論・反証がなされたことはない。)。
したがって,三井に対する本件処分が有効である為には,三井に「過去に例がないほどの非違行為」が存在しなければならないはずであるが,三井に対する本件処分の理由については,過去の手続において,神社本庁側から懲戒理由が提出されたのみである。
この懲戒理由をどう見ても,三井に過去に類を見ないほどの非違行為があったとは到底認められないことは明らかである。
懲戒免職処分が宗教法人法78条に違反して無効となることを恐れた神社本庁が,苦し紛れに作成したのが懲戒理由なのである。神社本庁が,さかんに懲戒理由の存否に司法審査が及ばないと主張するのも,三井に懲戒免職を相当とするほどの非違行為が存在しないことを,神社本庁自身が自覚しているからに他ならない。
要するに,三井に対する本件処分は,氣多神社の神社本庁包括下からの離脱という非常事態に接し,神社本庁が,これを阻止する為に行ったもので,三井に懲戒免職を甘受すべき非違行為が存在した為になされたものではないから,懲戒理由を欠くものとして当然無効であるとともに,宗教法人法78条によっても無効である。

第4 懲戒手続の瑕疵

神社本庁庁規や懲戒規程等によれば,包括下の神社の宮司に懲戒免職とするためには,①責任役員の具申,②神社庁責任役員会の議決,③人事委員会の議決,④懲戒委員会の議決など,多数の手続を履践しなければならない。
本件においては,上記①瑕疵があることは上述のとおりである。さらに②ないし④の全てに瑕疵があると疑われるが,本書においては,④の懲戒委員会の議決(懲戒規程第2条,第7条)について主張する。
神社本庁の説明によれば,平成18年6月22日及び同年7月25日に開催された懲戒委員会において,三井を懲戒免職とする旨が決議されたとのことであるが,その一方で,神社本庁は,懲戒委員会の議事録は存在しないとして,現在までこれを開示しない。
しかし,神社本庁の懲戒委員会規定によれば,懲戒委員会には幹事1人及び書記若干名を置かなければならないと定められているところ,「書記」が存在しながら議事録を作成しない委員会などというものは,常識的に考えられない。しかも,懲戒委員会規程第3条は,「懲戒委員会は過半数の委員が出席しなければ会議を開くことができない。」と規定している。このように会議の成立要件が定められているにもかかわらず,議事録を作成しなければ,その委員会が適法に開催されたか否かを示す記録が一切存在しないことになってしまう。
さらに,懲戒規程第1条によれば,懲戒委員会による懲戒処分の対象となるのは「庁規第5条に規定する職員」とされており,神職に限られない。神社本庁包括下の神社に勤務する限り,一般の事務職員等もその対象となっているのである(庁規第5条「『職員』とは,庁規に規定する本庁の事務所及び神社庁並びに神宮及び神社の職員」)。したがって,懲戒委員会の決定は,神社本庁包括下の神社に勤務する一般の職員との関係では,懲戒解雇という極めて大きな社会生活上の不利益を招きかねないものであって,事後的にその決定の有効性が争われることは容易に想定されるから,神社本庁としては議事録を作成しておくのが自然である。
しかも,宗教法人法25条2項は,「宗教法人の事務所には,常に次に掲げる書類及び帳簿を備えなければならない。」と定め,宗教法人に対し,同第5項において「責任役員その他規則で定める機関の議事に関する書類及び事務処理簿」の備置を義務づけている。神社本庁も宗教法人であり,その人事委員会及び懲戒委員会は,神社本庁の規則である庁規の第42条および第43条に定められているので,法25条2項5号にいう「規則で定める機関」に該当するから,法的にも,その議事録の作成及び事務所への備置が義務づけられているのである。
このような事実に照らすと,もし,神社本庁の説明するとおりに人事委員会及び懲戒委員会が開催され決議がなされたとすれば,その会議の成立要件,議事の内容,決議の内容等について,議事録が作成されているはずであるし,神社本庁においては,いかなる会議においても録音措置が講ぜられている。
したがって,懲戒委員会の議事録が「存在しない」という事実からは,そもそもかかる会議が開催されていないか,あるいは決議の有効要件を欠くものであったことが強く推認されるのである。
この点,神社本庁の理事を務める薗田稔氏(以下「薗田理事」という。)の陳述書によれば,神社本庁副総長である田中恆清氏(以下「田中副総長」という。)が,平成18年7月27日頃,薗田理事に対し「会議の結果,懲戒しないこととなりました。本庁に復帰することとインターネット頒布を中止したことが好印象だったようです。」と説明したとのことであるが,これは,懲戒委員会において三井に対する懲戒処分が有効に決議されていないことを裏付ける事実である。
また,薗田理事が,神社本庁の理事であるにも拘わらず三井に対する懲戒処分の経過を全く知らされておらず,「今回の懲戒処分は,いわば密室の中で進められたものとの印象を持っています。」と述べているように,三井に対する懲戒免職を決議したという懲戒委員会については,議事録が作成されていないばかりか,懲戒委員会の構成員や出席した委員の氏名すら明らかにされておらず,決議の存在自体に重大な疑問がある。
このように,神社本庁が懲戒委員会や人事委員会の議事録が「存在しない」と主張している事実は,そもそもかかる会議が開催されていないか,あるいは決議の有効要件を欠くものであったことを強く推認させるものである。
懲戒理由には,懲戒委員会の委員による署名の一つも存在せず,神社本庁の事務職員においていかようにも作成しうるものであって,三井による宗教法人法78条違反の主張を想定して恣意的に作成された内容虚偽の書面であると考えるほかないのである。
よって,本件においては,神社本庁における懲戒委員会は,適正に開催され,議決されたものとはいえず,本件懲戒免職処分は,手続要件を欠くものであって,無効である。
以上のとおり,三井には懲戒免職に値するような非違行為は存在せず,かつ,本件処分は神社本庁庁規や懲戒規程の定める適式な手続を履践したものとは認められないから無効である。そもそも,本件処分は,平成18年5月18日に元責任役員3名による懲戒具申書が作成されてから,わずか2日後に石川県神社庁が責任役員会を開催して懲戒免職を求める副申書を作成し,神社本庁に進達した。その後,5月25日に神社本庁がこの書面を受領し,翌26日には神社本庁の人事委員会で審議され,懲戒委員会に送付されたとされているが,極めて拙速かつ強引というほかない。このように,神社本庁が,手続要件を無視してまで強引かつ拙速な懲戒免職処分を行った目的は,氣多神社の神社本庁包括下からの離脱を阻止することにあるとしか考えられないのである。

以  上